まな板。たぶん10年前くらいに河童橋で抗菌タイプの樹脂製のやつを買って使っていた。ここ5,6年傷だらけでだいぶ反ってきて、はいこれですと写真載せるのがはばかられるレベル。河童橋に見に行ったりしたが次のスペックを決めきれずここまで来てしまった。が、通りがかりになんとなくいいサイズの超安価の桐製を見つけて、この値段なら試しに自分で加工してみるのもありか急に思いつき買ってみた。税込み1,100円。

加工と言ってもたいしたことではない。濡れたステンレス台の上に直にべたっと置くのがいやだったので

脚を付けた。家にあった端材を木工用ボンドと木ネジで固定しただけ。

こんな感じで使う。
桐製なのでそれほど長持ちしない気がするのだが、試作品なので良し。使い勝手良ければ次はヒノキのとか買ってもいいかもしれん。
今回とちは目の前で逝った。
人間も猫も含めて、近しい存在を目の前で看取るというのは実は初めての経験だった。
動かなくなって全く反応がなくなって瞬きをしなくなって、ああ逝ってしまったかと。
息をしていないだけでまるで生きているようだという例えをよく聞くが、自分はなぜか逝ってしまった=行ってしまったという感じがすごくした。夏だからか動かなくなってもみるみる冷たくなるわけでもなく。すぐに硬直するわけでもなく。なでたり声をかけてみたりはしたのだが私の中ではちょっとそれはうつろで、とちの中身は「もうそこにはいない」と強く感じていた。ひょっとしたら相手が人であればまたちがうのかもしれない。また、穏やかに長寿を全うしたという前提あってのことだとは思う。だが、このシンプルな感覚はすごく自分に刷り込まれてしまった。
そこにとちは居ない。
そう思ってしまうと、遺体の扱いは自分でもちょっと薄情ではないかと思うくらい淡々と検討して対応できてしまった。これまでの実家の猫の時を鑑みると庭に埋葬というのがベストなのだが残念ながら東京の(鯖家の)土地は狭すぎる。それにあと何年ここに住むかもわからない。あとは業者にたのむか自治体に相談するかの2択らしい。自治体は積極的には受け付けていなくてさらに扱いとしては廃棄物ぽい。そこに彼女は居ないと思うが、それはさすがになんとなく嫌。業者に頼むとなると、共同火葬&遺骨返却なし、個別火葬&動物用墓・霊園に安置、個別火葬&遺骨返却の3パターンがあるらしい。ここまで調べてひよと相談。個別火葬&遺骨返却を申し込むことにした。この辺クールなひよのことなので共同でいいと言うかと思っていたが、家族となるとそんなことはなかった。ごめん。ただ、自分はそれでもいいかとは思っていた。
業者は、検索するとたくさん出てきた。どこも24時間受付でスピード対応らしい。その中から、あまりセレモニー感を押し出さず淡々とやってくれそうなところをなんとなく選んで電話。22時だったが24時間受付ということでそのまま翌日夜20時に対応の予約が取れた。なんと専用車で来て車上で焼いて返却してくれるそうだ。すごいな。
遺体は保全のため袋に包んでクーラーボックスに入れて袋のままロックアイスを入れて保管した。近所のコンビニが板氷を置いていなかったのでロックを入れて、翌朝買い足してちょうどくらいだった。
私はその時間に帰れる自信がなかったのでひよに対応をお願いしたが、ぎりぎり開始に間に合って見送った。火葬車はタウンエースベース。火葬は約1時間。エンジンもかけっぱなしでボイラーもゴーっとそこそこ音がしたので近隣にも声掛け。担当の方もセレモニー感は最小限でよかった。気持ちは自分で整理したい。他人に勝手に気持ちを盛り上げられるのはご免だ。そういう空気を読んでくれた可能性も高いが。
そして、白い骨壺とミニ遺骨ホルダーに収まったとちの骨を受け取って終了。
だがやはりそこにとちはいない(と思う)。
今回のことで、なんとなく死んだら肉体や骨から本人はいなくなるのだなと「私なりに」腑に落ちてしまった。実は、最近死後の墓について考えなければいけないことがあっていろいろごちゃごちゃ悩んでいたのだが、今回のことでなんだか自分の軸がひとつはっきりした気がする。
死者は骨にはいない(個人の感想です)
なので自分は墓はいらない。ただ、いなくなった死者がどこにいるのかもうどこにもいないのかはわからない。ただどこかに意識が漂っているのなら遺族と死者をつなぐ媒介として遺骨は最適な気がする(これも個人の感想です)。遺族がそれを見て自分を思い出してくれたらそれを道しるべに戻ってこれるかも(とちょっと思いたい)。まあそれってまさに「位牌」なんだろうけど仏教心のない自分にとっては何のつながりもない木簡。分骨のが私の心情には適っている。
ということで、家族にはちょっとずつ分骨してもらいたい。
墓はいらない。どんなにいい場所でもどうせ思い出もないところに安置されるのだからそんなところに戻ってくる気はしない。ああ、ただひよと一緒なら別なのか。骨壺並べてとかじゃなくて同じ壺に混ぜちゃってほしいか。だがそれも子供らの分骨で混ぜてくれたらいいのか。それでいいや。そうしてくれたらあとは完全焼却してほしい。それが難しければどこでもいいので適当なところに永代供養してくれればいい。なるべくメンテナンスフリーのところへ。どうせ私はそこへは行かないから。
しかし、この愛玩動物の火葬システムいいな。有名人とかでも家族葬が一般的になってきている。火葬場も周辺住民との問題で新設がなかなか難しいとしたら、人間でも採用できるのではないかと思った。さすがに大きさ的にタウンエースは無理だと思うので中型トラックにはなると思うができないもんかな。チャッピーに聞いたらインドとかでは結構ハイエースクラスで実例あるらしい(さすがインド)。人の遺体となると法的にいろいろあるようだがニーズがあれば法整備も進むかも。とりあえず実現したら私の焼き方はそれでお願いしたい。
という今のところの遺言メモ。

これは私の考えでひよがどう思っているか知らない。そのうち聞いてみると思うけど。あと、私の考えなので私はこうしてほしいが送る立場になったときは送られる人の意向を尊重するのでご心配なく。

とち♀が逝った。20歳10か月
ここ1年、だいぶ足腰が弱り、階段の昇降が何とかできるレベル
ここ数か月になって、どうも耳が聴こえていないかもしれない
ここ2週間くらい、階段上れなくなったぽい
で、今週に入って、ちょっと食欲がない
昨夜、ひよが抱いたら、急にしゃくって痙攣したかと思ったら数分で呼吸が止まってしまった
ごろごろいいながら急にガチ攻撃をしてくるツンデレ娘
晩年はちょっと大福風太ましいいでたちだったがそれもかわいかった
きびももしばしばマジ切れされてたが冬はよくふたりでまるまっていた
それはもう見れないのか
あっけなかったがおだやかな終末
人間換算すると99歳だそうだ
まったくのベスト大往生だね
ありがとう
さらばだ
きび♂はまだ元気。もうちょっと私たちといっしょにいてくれ

